蔵を掃除中

蔵を掃除中

 昨日は午後、昼寝してから新居の蔵を掃除。新居というけど築100年近くになる古民家でかつて住んでいらした方の家財道具などが蔵に収まっている。なかなかのボリュームの荷物が収まっているな。しばらく使われていなかったほこりもかぶったたくさんの家財道具にどう対処したらよいかクラクラする。
 屋根裏を掃除したときも感じたこの家で営まれてきたであろうかつての丁寧な暮らしが垣間見えてますますクラクラする。

 出てきたのはたくさんの漆の器たち 汁物やご飯も?小鉢のような小さなもの、お重にお膳もたーーくさん。昔は冠婚葬祭もお家でしていたと聞くけど10や20じゃないぞ。こんなにたくさんの漆のお椀を用意するって大変だなあ。プラスチックじゃ無いぞ木の椀だ。いくらかかるんだろう。大変だなあ。クラクラ。そしてその器を大事にされていたのがわかる。新聞紙を小さく切って椀の間にかませてあってそれを新聞紙で丁寧にくるんである。そんで木箱にしっかり納まってるの。こういう作業はいつするんだろう。冠婚葬祭の集まりが終わった後にきれいに洗ったお椀達と向き合って一枚一枚丁寧にくるんでいたんだろうなー 大変だなあ。私、器屋だけど展示会やイベント前に器を新聞紙やプチプチにくるむ作業が大嫌いで展示会前はまだ緊張してくるむけど展示会終わりはもう割れなきゃオッケー早く終わらせてかえりたい。の人間だった。くるまれている様子に学ぶもの多し。この丁寧な暮らしをただいま自分にチャネリング中。

 使えるものは使っても良いと言っていただいているので、家族で大切に使わせていただこう。

 今日の午前中は梅仕事番外編。
 梅干しがかびた
 ので、どうにかしようと一度とりだして梅酢を煮沸してみた。瓶も洗って、これでどうにか土用を無事に迎えたい。こういう作業が苦手。昨日、その前から ん!?かびてる!と気づいてたけど、忙しくて見て見ぬふり。まだリカバー可能なうちにやるならやらねばーと言いつつ見て見ぬふり。丁寧にとか清潔にとかよりは土にまみれている方が好き。でも、丁寧で風通しのよい仕事は好き。憧れ。梅問題。今日は午前中にやってしまおうー!で、できたできた。この家での暮らしで私の得意に丁寧に生きることがプラスされる。おお楽しみだ。

 去年の六月に旧工房を出てからしばらくはもう陶芸やるの辞めたと思っていた。本当に自分のやりたいことは器でできているのかな?工房も無いんじゃ仕事にならぬで、思い切って、そのときにもらっていた注文についてはすべてキャンセルさせてもらった。電話をかけてお断りするとき、勇気がいったけど、私の器が手に入らなくて死ぬ人はいない。大したことじゃない。ただ自分が責任感のないやつと思われるのが嫌なだけ。と思って。責任感なんてはなから大して持ってなかったと開き直る。電話で自分の本当の気持ち、器を作っていたいか今はわからないってことを伝えたら、みんな自分の気持ちに正直に生きたらよいのよ。と言ってくれて。本当にそのシンプルなところに戻ろうと思った。今も器を作っていたいか本当はわからない。でも手を動かして表現したい。その中に粘土をこねて、形を作って、焼く。は、やっぱり私の中にある。

 さっき雨が降ってきたから慌てて洗濯物をとりこんだのにもう外は明るい。今年の梅雨はこんな感じだ。

 さて、私は今から昼寝してまた今日も午後は蔵の掃除をするのであります。今日はクリーンセンターに処分するものもっていきたいけどどこまでできるかな。

 

 

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